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~比類なきエイジングスキンケアが生まれた訳~

山陽新幹線が博多まで延長され、全線開通した1975年に、
バルセロナにて産声を上げた草野淳は、
父がスペイン人、母は日本人のミックスです。

スペインの血が色濃く出た草野は真っ白の肌をしており、
薄い瞼からは血管が透けて見え、
小学校の先生から「顔にクレヨンで書いちゃだめよ!」と注意されるほど、
日本にミックスが少なかった時代です。

線が細く、小柄だった草野は、悪意のない友人から
「マシュマロ!マシュマロ!」とからかわれ、
肌が白いことに昔からコンプレックスを抱いておりました。

そして、太陽が燦燦と降り注ぎ、真っ青な海でサーフィンを始めた草野は、
日焼けと思春期ならではのニキビが重なり、
肌トラブルとの戦いが始まることになったのです。

母のドレッサーから拝借した高級化粧品は肌荒れを悪化させたため、
草野の化粧品に対する情熱は燃え上がり、
自らデパートへ赴き、
様々なブランドの宝石箱のようなスキンケアを試してみても、
そこには自分に合う宝石が見つからなかったのです。

お手軽な化粧品から、
美容皮膚科のオリジナルドクターズコスメを梯子しても、
個人輸入で海外のコスメまで試してみても、
草野の納得できる化粧品に出会うことはありませんでした。

スポーツはサーフィンから筋力トレーニングへ変わり、
日々の積み重ねが体の変化の近道であると確信した草野は、
スキンケアも同じではないかと考えるようになったのです。
そして、その日々の積み重ねは楽しくなければならない。
何故ならば楽しくないことは長続きしないからです。

毎日、義務的ではなく、自ら楽しく前向きに続けること。
これは身体作りもスキンケアも同じ。
身体もお肌も諦めることなく楽しく続けられたらと
考えた草野は重度の敏感肌である自分の肌に合うスキンケアを
自ら作ることを決めたのです。

そこには当然ながら妥協はありません。
筋骨隆々となった身体のように、
お肌にも比類なきエイジングケアを追及することが、
老いと戦いたい全ての人の求めることではないかと考えたからです。
少なくとも草野自身はそう考えたのです。

草野の揺るぎない考えは、
一つの化粧品会社内だけのエビデンス(根拠・証拠)ではなく、
現代の化粧品研究者たちがお墨付きを与えた歴史ある美容成分を、
予算の制限を設けずに処方すること、
そして、肌のすみずみまで美容成分を行き届かせる
先進製法を組み合わせることで、
“実感できるエイジングスキンケア”を完成させました。

また、筋トレを家で行っていてはモチベーションが保てません。
憧れるような身体の持ち主が隣にいるからこそ自分も頑張れるのです。
エイジングスキンケアも皆に見られるからこそモチベーションが上がり、
日々楽しみながら行えるのです。
ただそのとき妥協なき美容成分と先進的浸透技術だけで
スキンケアを心から楽しめるでしょうか?

そこで草野は「AGARU」をコンセプトに作られた
アートのような化粧品容器から無敵の美の1滴をお肌にもたらしたとき
初めて美のモチベーションが最高潮を迎えるのではないか?と考え、
エイジングスキンケアシリーズとして3ライン、3色、合計9種類の
アーティスティックなホルダーを完成させました。

魂を込めてつくられた容器と実感処方の両輪を兼ね備える
フィアレスはこうして誕生いたしました。

この草野の想いに少しでも心が揺れたなら、一度サンプルで構いません。
草野の考える比類なきエイジングスキンケアに触れてみてください。